Knirps 90th Column
クニルプスを愛するライターの90周年コラム
ビス一つまでオリジナルパーツを使用するクニルプスの折りたたみ傘
クニルプスの折りたたみ傘を初めて使った時に感じたのは、そのメカニズムの美しさ。折りたたみ傘の仕組み自体は、もはや技術として完成しているので、各社それほど大きな違いはない。それにも関わらず、クニルプスのメカニズムを美しいと感じたのは、もちろん、そのボタン一つで開き、またボタンを押せば閉じる、その動きのスムーズさもあるのだけれど、それよりも、その動き自体にとても無理がなく、全てのパーツが見事に連動して動く様子が、これまで知っている折りたたみ傘の動きとは違ったものに感じられたからだ。
その違いは、実はパーツだった。通常、多くの工業製品は組立の際に使う小さなパーツ類は汎用品を使うことが多いのだが、クニルプスの折りたたみ傘はビス1本までオリジナルパーツを使っているのだ。小さな部品にもクニルプスの刻印が入っていることを見つけて、なんてことをするメーカーなのだろうと思ったのを覚えている。多くの部品が連動して動く折りたたみ傘だからこそ、その差は大きく出る。機械設計に素人の筆者でさえ、使ってみれば分かるくらいに。
女性がお洒落に持てる意匠は、現代でも通用する
創業90周年を迎えたクニルプス社の古い資料を見ると、当時の折りたたみ傘の姿と、それらがどのように受け入れられていたのかが分かる。現在の製品よりも、細長く、レザーのケースに包まれた折りたたみ傘は、それだけで十分にファッションアイテムになっている。そのスタイリングだけを見るなら、現在の製品よりもカッコ良く、手に入るなら使ってみたいと思わせるくらいデザインの完成度が高い。ただ、資料を色々見ていくと、たたみ方が図解されていて、どうやら不器用な筆者には難し過ぎるようで、システムの進化に思わず感謝してしまうのだけれど、それにしても、このスタイルはカッコ良いのだ。
当初は女性を中心にヒットし、その後、大きな木製のハンドルを付けたタイプがビジネス仕様として登場するのも面白い。それはそのまま折りたたみ傘の歴史だ。思い出せば筆者が子供の頃は、折りたたみ傘は柄物が多く、特に小さいサイズのものはほぼ女性用だったような記憶がある。そういう時代は日本にもあったのだ。その頃、日本ではモーターブームに併せて、ボタン一つで開くワンタッチ傘が流行。まさか、数十年後にはボタン一つで開閉する折りたたみ傘が登場するなんてことは夢にも思わなかった時代。
クニルプスの傘を使うと、傘も進化している事を体で知ることができる
傘は変わらないと言えば変わらない。ワンタッチで開こうと、折りたたみできようと、頭の上に掲げて雨を防ぐという、その基本構造は、もう紀元前から変わらず続く人類の雨対策の基本だ。それでも、クニルプスの傘を使うと、傘も進化している事を体で知ることができる。力が掛かる上方に行くほど太く作られているメインシャフトの合理性、傘の外側の骨は風に対してしなって受け流せるようにグラスファイバーを、中央に近い部分は全体を支えるためにスチールをと、骨の素材を使い分けるアイディア、長く使っても簡単には壊れない(そのため新モデルが出ても買い替えにくいのだけど)耐久性。それらを、使っている瞬間瞬間に感じさせてくれるのは、やはり、美しいと思ってしまうくらい無理なくスムーズに動くメカニズム故なのだ。
「折りたたみ傘」で辞書を引くとクニルプスと書かれている
ドイツでは、雨が降るとクニルプスが使えるから嬉しいと言う人々がいるという。「折りたたみ傘」で辞書を引くとクニルプスと書かれているという。そういう話を大げさに感じない筆者は、もしかしたら、ちょっとクニルプスの傘が好き過ぎるのかも知れない。しかし、既に10年以上、当たり前のようにクニルプスの傘を使い続けていて、特に他に変えようという気が起こらないところを見ると、もはやクニルプスの折りたたみ傘は、一種の相棒のようなものになっているのだと思う。創業90周年を越えて、まだまだ、折りたたみ傘というスタイルを牽引していくメーカーであり続ける、その意志を毎年発表される新作を見ても感じるのだから、この先もクニルプスは私の相棒であり続けてくれるだろう。
モノとその周辺、エンターテインメントや伝統芸能、飲食、生活雑貨、文房具、手帳、万年筆、音楽、絵画、デジタルエンターテインメントなどを題材に各種メディアで執筆、講演、企画などを行うフリーライター。